「なんでぇ・・・」
雪を見ると、なぜかジョーを思い出す。
雪にはあまりいい想い出がないと言ったジョー。
だけど、ひとりぼっちの頃はただ寒く迷惑だっただけの雪も、帰る場所のできたジョーにとってはぬくもりのありがたさをより強く実感出来るものになったのかも知れない。
「早くけえって、おっつあんの不味い鍋料理でも食うか・・・」
僕は大阪出身だが、実家は大阪北東部の山あいの集落にあり冬場はかなり冷え込む。最近はそれほどでもなくなったみたいだが、昔は朝に蛇口をひねっても水が出ないなんてことがしょっちゅうあった。学校近くの池は氷が張り、僕らはそっと足を乗せたりもしていた(さすがに歩く勇気はなかった)。
雪も良く降った。年に数回はけっこう積もることもあり、屋根から地響きを立てて雪が落ちるくらい積もることも珍しくはなかった。
雪が降った朝、休職の牛乳を配達するトラックが小学校まで登ってこれなくなりみんなでトラックから学校まで運んだこともあった。
雪が積もった朝、坂道の上から見る景色はいつもと違っていた。
普段は竹やぶで覆われて見通しの悪い道が、積もった雪の重みで竹がしなりすごく見通しが良くなるのだ。それは、雪の積もったその朝にしか見られない素晴らしい眺めで僕は大好きだった。
今ではその竹やぶも伐採され見通しはいつでも良くなり、あの景色は二度と見ることは出来なくなった。雪合戦、雪だるま、ちょっと小さめのかまくら・・・。
年に数回雪が積もることは僕らには大イベントだった。雪国ではないから、雪による本当の苦労もしらないでいられた。だから僕は雪が大好きだった。
そんな幸せな時間を過ごすことができた、恵まれた子ども時代だった。
これを書いている2日午前1時すぎ、僕の住む東京都の杉並区では今も雪が降り続いていて、かなり積もってきている。朝は凍結するだろう。雪になれない都会の人は苦労するに違いない。ウチのマンションはお年寄りの方も多いので心配である。
僕はといえば、明日(というか今日)は早起きしないですむ日なので、僕が起きる頃には日向の雪はもうすっかり溶けてしまっているだろう。
そしてびちゃびちゃになった道を迷惑に思いながら、僕は仕事に向かうことになる。
都会の雪は僕にとってはただ寒くて迷惑なだけなのだ・・・。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)







最近のコメント