さよならゲーム
1988年公開のケビン・コスナー主演映画のタイトルである。原題は「Bull Durham」。「Bull」は「雄牛」。「Durham」 は米ノースカロライナ州の都市である。「Bull」には「力強い男性」的な意味もある。映画の原題を直訳的に書くと「ダーラムの力強い男」となる。これだけではまったく意味が分からないが、野球好きの人なら邦題から野球に関係していそうなことが分かる。となると「ダーラムの力強い男」は「ダーラムの強打者」と解釈できそうだ。
その「Durham(ダーラム)」にはマイナーリーグAAAクラスのベースボールクラブがある。ニックネームは「ブルズ」。つまり「さよならゲーム(Bull Durham)」はこの「ダーラム・ブルズ」を舞台にした野球映画なのだ。「アンタッチャブル」でブレイクしたケビン・コスナーが主演した最初の野球映画である。
コスナーが演じるのは21日間だけメジャー経験があるという、マイナーのベテランキャッチャー「クラッシュ・デイビス」(なんとカッコイイ名前!)。マイナーチームを転々としていたクラッシュがこのブルズに呼ばれる。彼は強打のスイッチヒッターでポジションはキャッチャー。AAAの通算本塁打記録更新という地味な記録が目前だったがその打力を買われて呼ばれたのではなかった。すでに先の見えたベテランである彼にチームが期待するのは将来有望なな若手投手ヌーク(ティム・ロビンス)の教育係だった。ヌークは監督曰く「腕は100万ドル、頭は5セント」の発展途上の投手だ。その彼を使える投手にするのがクラッシュの仕事だ。子守りなどやってらるかと一度は契約を蹴ろうとするがしょせん行き場のないベテランはその役割を受け入れる。
その夜バーでクラッシュはアニー(スーザン・サランドン)という女性に出会う。アニーはいわゆる「グルーピー(追っかけ)」で、地元のチームにやってきた若手の有望選手を“世話”するのが生き甲斐の女性だ。選手と結婚したいわけではなく大人の男として「一人前」に育てて送りだすのが彼女の幸せである。
アニーは若くてやんちゃなヌークの“世話”をするのだが、ダーラムにやってきたベテラン選手のクラッシュに惹かれ、クラッシュもまたアニーに惹かれる。互いに惹かれあいながらもアニーは女として、クラッシュは選手としてそれぞれの立場で一人の若者を育てるという奇妙な三角関係を続ける。やがてヌークはピッチングのコツを覚えて多少は“大人”にもなり、メジャーに昇格し二人の元を去ってゆく。クラッシュはチームでの役目を失い現役引退と系列チームでのコーチ就任を勧められるが、コーチ就任を断り、現役を続けるためダーラムを離れる。アニーはこれまでどおりの一人暮らしに戻る。そして誰にも知られずAAAの通算本塁打記録をひっそりと更新したクラッシュは現役を引退し、アニーの元へ戻ってくるのだ。
この後コスナーは「フィールド・オブ・ドリームス」と「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」など野球を題材にした映画に主演している。コスナーは野球好きで知られプレーもなかなか上手である。野球選手役ではないが「フィールド・オブ・ドリームス」でも野球のシーンがあるし、「ラブ・オブ・ザ・ゲーム」ではメジャーの名投手という役どころを実にカッコ良く演じた。
だけど個人的にはこの「さよならゲーム」が一番好きである。
僕がこの映画を好きなのは、コスナーのハマり具合もさることながら映画全体にあふれる哀愁に惹かれるからだ。今ではマイナーリーグの各チームも集客に熱心で、メジャー顔負けの球場を持ち、高い人気を誇るチームも少なくないが(このブルズもそのひとつだ)、1980年台のマイナーリーグはさびれた球場が多く文字通りマイナーな雰囲気が漂っていた。だけど、メジャーリーグに興味を持ち始めていた僕にとってこの〝マイナー感〟もまたまぎれもないアメリカ野球であった。メジャーの華やかさと好対照をなす陰の世界。そこに生きるのもまた野球に取り憑かれた人間たちであり、映画で描かれた世界はメジャーリーグ以上にアメリカらしさを感じさせるものだったのだ。安っぽい座席のバスでの長距離移動や地元ファンとの距離の近さ、薄暗い照明、非情な現実・・・。日本の2軍ではあり得ない、だけどアメリカなら本当にありそうだと感じさせてくれる世界だった。
移動バスの中、クラッシュがほんのわずかの間だけメジャーにいたことを語るシーンがある。それまで口うるさいロートル捕手でしかなかった彼を見るチームメイトの目が、一瞬にして尊敬と憧れの眼差しに変わる。このシーンがじつに良い。「最高の時間だった」とつぶやくクラッシュ。〝メジャー〟がどれほど特別な世界かを雄弁に物語り、だからこそクラッシュの陰が際立つ名シーンだ。 どれだけのホームランを打とうともマイナーリーグでは何の意味もない。その記録にこだわるクラッシュのプライドは彼にしか分からない。彼もまた夢破れた一人だったが、プライドを持って現役を全うしたのである。それもまたひとつの野球人生なのだ。
さて、なぜこの古い映画に長々と触れたか。アメリカ野球のファンならすでにおわかりだろう。そう、松井秀喜である。
ブルズは1902年創設の伝統あるチームで、映画公開当時はアトランタ・ブレーブスの傘下だったが現在はタンパベイ・レイズの傘下にある。レイズとマイナー契約した松井秀喜はまもなく傘下のAAAのチーム、つまりこのダーラム・ブルズに合流し、メジャー再挑戦への歩を進める。
先にも書いたが今のブルズはマイナーでも人気あるチームのひとつで、球場も改装され映画の中の球場とはすっかり見違えるほどきれいになっている。しかし、マイナーであることに変わりはなく、明日のメジャーを夢見る選手たちがしのぎを削っているのだ。 そこに、クラッシュ・デイビスよろしくベテランの松井が加わる。しかし松井はクラッシュと違い、メジャー復帰の足がかりとしてチームへやってくる。松井はまだ勝負を許された立場であり若いチームメイトはライバルだ。
そんな、誰もが知るスター選手の松井をダーラムの選手たちはどんな目で見つめるのだろうか?ライバルの一人としてなのか、あこがれのスターとしてなのか?いずれにせよ、ブルズのチームメイトが松井から得るものは決して小さくないはずだ。
僕はたとえほんの一時でも松井がクラッシュ・デイビスと同じユニフォームを着ることに感慨を覚えずにはいられない。僕にとってマイナーリーグの全てを体現しているかのように思えるあの映画のチームに、日本のスター選手が入るなんてことがあるとは夢にも思わなかったからだ。それはメジャーで日本人が当たり前のように活躍するようになった今でも、いや今だからこそむしろ奇跡のような気がするのだ。松井にとってマイナーでのプレーは決して愉快なことではないだろうが、僕はこの巡り合わせに少々興奮している。
もちろん僕は松井がダーラムに長く留まる事を望みはしない。格の違いを見せつけてさっさとメジャーに昇格して欲しい。そして、ほんのわずかな間でも松井とプレーしたダーラムの選手たちが誇りに思えるような活躍をして欲しいと心から願う。
「俺はメジャーには行けなかったが、あのゴジラと同じチームでプレーしたんだぜ」
アメリカのどこかの街で、目を輝かせながらそんな話を聞く子どもの姿が僕の目には浮かぶのだ。




最近のコメント