« ずっとアニメが好きだった(その2) | トップページ | 恥さらしの時間 »

ずっとアニメが好きだった(その3)

〜ロマンアルバム「宇宙戦艦ヤマト」(後編・長いです)〜

ターゲットを絞りきれていない感がありありと現れたヤマトのロマンアルバムだったが、その後のロマンアルバムのみならずアニメムックには欠かせなくなるものが掲載されていた、それが「設定資料集」である。人は物事の裏というものを知りたがるもの、そうした心理を刺激する記事であった。元々は一般のファンが目にすることはない製作過程の資料でしかないものにスポットを当て、世に出した功績は評価できると思う。だが商業誌においてこうした資料を載せることになったのはそもそもファンの力が大きいのだ。なぜなら当時、ヤマトファンが編集した同人誌や機関誌にはこうした設定資料がすでに掲載されていたからだ(後から知ったことだが)。つまり、ファンの作った物が商業誌に取り入れられたことになる。だからヤマトを支えているファン層とはそういう人たちであるということを編集部は理解していたはずである。しかし前編で書いたように商業誌のメインターゲットにするほどの確信は持てず、結果的に児童向けとコアなファン向けの内容がごっちゃになったような本になってしまったのではないかと思う。
そんなロマンアルバムではあっても、この設定資料でアニメ製作過程の一端を知り、僕の知的好奇心は大いに刺激された。何よりアニメが人の手で作られているという当たり前のことを認識させてくれたことがその後アニメへの興味を広げることにつながったことは間違いない。
 
そして、終盤の4ページ。この本全体の中ではおまけみたいな記事ではある。しかしこの終盤4ページもまた僕にとっては充分に刺激的であった。
全88ページ中の84・85ページ目に「8月6日上映ルポ 宇宙戦艦ヤマトが燃えた日」と題された記事がある。劇場版ヤマトが公開された当日の都内6館のレポートである。そこには徹夜で行列をするファンの姿があった。何時頃来たとかセル画をもらえたなど、ありきたりの内容に続きこんな一文があった。以下に抜粋しよう。

「銀座東急、8月5日深夜、徹夜組の輪の中から、甘い旋律(メロディ)が流れだす。
♪あの娘がふっていた 真っ赤なスカーフ 誰のためだと思っているか
およそ140人。ここへくるまでは、みんな知らない顔ばかりだった。それが、この「ヤマト」を通して、いま、たがいに手をにぎり、胸をよせあっている。熱い血潮をたぎらせながら、スターシャへの想いを語らいあう。「赤い(原文ママ)スカーフ」のハミングが、銀座の月を濡らすのだ。」

これは後にファンの一体感を高めた「イイ話」として伝わった出来事だ。

Photo_2

←ロマンアルバム85ページに掲載された写真

明らかに当時の自分より歳上の、高校生から大学生と思しき若者たち・・・大行列をなし、ヤマトのセル画を誇らしげに掲げて写真に収まっている。僕にはモノクロ写真の中の彼らがまぶしかった。そして心からうらやましく、ねたましくもあり、そして憧れた。自分もその輪の中にいたかったと心からそう思い悔しかった。アニメファンにはこういう世界があり、自分より何歩も先を行く人たちがいるんだと知った。そしていつか自分もあの輪の中に入りたちと思った。
つづく86・87ページには、「熱狂!!ヤマトファン大集合」という、ヤマトのファン活動を扱った記事も掲載されている。メインの写真にはステージで熱唱するささきいさおさんと同じステージに立つ故宮川泰さんの姿。キャプションには「ささきいさおが投げた“真っ赤なスカーフ”に殺到するファン」とある。ファンイベントでのひとコマだ。記事の中身はヤマトのオフィシャルファンクラブが盛況であり、そのコアな層が中〜大学生であるといった内容だ。併せて、いくつかの同人誌も写真で紹介されていた。同人誌という「形」になったものは僕の目にかなり新鮮に映った。ここにもまた僕の知らない世界があった。絵を描くのが好きで、学級新聞やクラスの文集などの編集もした自分にとってはものすごく興味深かった。
ここで、行動力のある人ならロマンアルバムの編集部に問い合わせるなど、なんなりとアクションを起こすだろうが、小心者の僕はそういうことすらできなかった。けれど何かをしたい衝動は収まらず一人で何かを作ろうとしたらしく、このロマンアルバムの中身を構成し直すかのようなものをコクヨの計算用紙ほぼ一冊分に鉛筆で描きまくったのである。それは単なる絵と文章の模写でしかなく、なにひとつオリジナルな内容のないことに我ながら情けなくなるばかりであるが。ただ、60ページ以上にわたって絵を描きまくったエネルギーだけは若さのなせる技なのか、我ながらちょっと感心する。この後中学時代の僕はヒマさえあれば、ひたすら同じコクヨのノートにアニメや漫画の模写をしまくった。それがいくらかは絵の上達に役立ったことだけは確かだろう。
Photo

←恥の一冊。

この終盤4ページは僕に、アニメには観るだけではない楽しみ方があることを教えてくれた。ヤマトのロマンアルバムが僕にとって最も重要だったのは、ある意味この終盤の4ページがあったからこそなのかもしれないとすら思う。
記念すべきロマンアルバム「宇宙戦艦ヤマト」。内容は、中途半端でトホホなものの好調な売れ行きを見せた。ロマンアルバムはその後シリーズ化され今も続いている。そしてその成功は初のメジャーアニメ誌「アニメージュ」の創刊へとつながっていき、その後のアニメブームを牽引してゆくのである。
僕自身が交流を求めて外の世界へ出て行くのはまだ少し先、高校へ進学してからの事だ。このころの僕はアニメにハマっていきつつも、まだまだ野球部の練習と学校生活の方が大事だった。

|

ずっとアニメが好きだった」カテゴリの記事

アニメ・コミック」カテゴリの記事

大好きアニメ」カテゴリの記事

宇宙戦艦ヤマト」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1028916/20587000

この記事へのトラックバック一覧です: ずっとアニメが好きだった(その3):

コメント

仲間同士の輪・・・いいですよね♪

そして、私も『らくがきノート』なる物を1冊まんべんなく描き、また次のノートに・・・という感じで何十冊も埋め尽くしました(高校時)

私が多くの仲間体験をしたのは1981年渋谷で某映画の限定チケットを求めて並んだのが最初です。
このチケットは本当にお得でした。
セル画、サイン色紙(誰のがもらえるかはランダム)、特別イベント紹介(麻上さん司会)、キーフォルダー、カード、1mのフィルム・・・等考えれれない程のGOODを頂きました。(もちろん今でも所持)


投稿 ダヲス | 2008年4月27日 (日) 00時02分

ダヲスさん
1981年というと、やはりあの映画でしょうか?
私もアニメの友達が出来たのは映画がきっかけでした。

それにしても「らくがき」が何十冊とはさすがです。
あれだけの絵が掛けるのもうなずけます。
私はそこまでは・・・。

投稿 AKIRA | 2008年4月27日 (日) 00時54分

「少年AKIRA君」時代の、貴重な古代君の絵の公開ありがとうございます。んな恥の一冊だなんてご謙遜言っちゃいけません。
やはり今の片鱗が現れてますね~☆
60頁に渡って描かれていたとは…好きで好きで…描かずにはいられなかったという情熱を感じます。

ヤマト関連の本は全て手放してしまったのでロマンアルバムやムック本に何が載ってたのかすら覚えてませんが…多分AKIRA少年よりもちょっとだけお姉さんだったので(笑)ムック本に負けたくなくて、必死こいて会報等を作ってた記憶だけはあります。
確か…映画雑誌も特集本出してませんか?
ロードショーとか…

「ヤマトか…全てが懐かしい…」の一言に尽きます。

投稿 crockett | 2008年4月27日 (日) 01時59分

AKIRAさん
はい、あの映画です(^o^)
あの映画以外では、ガンダムや999、幻魔、コブラ、ゴルゴ13、イデオン、ザブングル・・・等が見に行ったアニメ映画では印象的でした。

私のらくがきノートは全然大したことないです。
ほとんど好きに描き殴ったものです。
以前もお話しましたが、湖川さん好きからアオリ俯瞰の画ばかり描かれた感じです(^o^)
当時同じ世界を目指していた友人と1冊まるまる描いた時点で交換してました(交換日記かぃ?って(^_^;))
ですので、今は自分の物は2~3冊しか残ってません。

投稿 ダヲス | 2008年4月27日 (日) 17時21分

こんにちは、AKIRAさんのヤマトロマンアルバムの
お話、とても興味深く拝読しております。
私は、さらば からのファンなので、
残念ながら最初の劇場版公開までの経緯や
ファンの熱気などをリアルタイムで体験する
ことは出来ませんでしたが、
それでも新聞などでいろいろ取り上げられていたので、
ヤマトという作品によって、明らかに今までとは違う何か大きな盛り上がりが生まれていることは知っていました。
ブログを読ませて頂いていると、作品の持つ力と
それを支えるファンの力が、新しいアニメの世界を
作り上げていったことがよくわかります。

古代君の貴重なイラストも公開してくださってありがとうございます。
これは、「地球に向けてしゅっぱーつ!!」の
古代君でしょうか?
違ってたらすみません。

投稿 まりあ | 2008年4月27日 (日) 18時13分

AKIRAさん

こんばんはv

ヤマトにはこんなにアッツイファンの方々がいらしたんですねー!!素晴らしい!
「真っ赤なスカーフ」のハミングが銀座の空に響いたなんて感動的です。

AKIRAさんが少年時代に描かれた古代くん、思い入れたっぷりで素敵です。
まりあさんも先に書かれていますが「地球に向けてしゅっぱーつ!」の古代くんですよね。
このシーン好きです、髪の毛の靡き方とか、いいですよね。

わたしもこういうノートパッドに画を描いたりマンガを描いたりしていましたし学級新聞にマンガを描いたりしていた事を思い出しました。懐かしいです。

投稿 natsumi | 2008年4月28日 (月) 00時28分

>crockettさま
ちょっとだけお姉さん、だったのですね?
そぉですかぁ・・・(ニヤリ)。
「会報」ということは、読む人やお仲間がおられたんですよね。いいなぁ。私はまったくの自己満足でして、恥さらしノートも実は誰にも見せたことがないのですよ・・・。
ロードショー増刊・・・持ってます。これも実家に。

>ダヲスさん
やっぱ・・・ですね。
私も仰せの映画は観ました。中でも999、イデオンは別格ですね。コブラは大人になってから見た方が面白く感じました。

>まりあさま
その通り、「しゅっぱぁ~つ!」のシーンです。貴重でもなんでもなく、模写なのに下手すぎです(恥)。中の絵もまたヒドくて・・・もうちょい上手だと思ってたのですが、ひさしぶりに見てガックシです。ヤマト以降のアニメブームの盛り上がりというものはあの時代ならではの事でした。リアルに体験出来たことは本当に幸せだったと思います。その気分を少しでも伝えたいと思い、記事を書いています。

>natsumiさま
「真っ赤なスカーフ」をハミングしたエピソードは本当に感動的です。うらやましかったなぁ・・。

「地球に向けてしゅっぱぁ~つ!」の古代の顔、いいですよね。当時から大好きだったから、表紙に描いたのだと思います(ヒドいもんですが)。
この回はキャラの芝居がこまやかでとても好きです。演出も素晴らしく、何度見ても泣きます。守の帽子がタラップに落ちるところなんてサイコーです!!

投稿 AKIRA | 2008年4月28日 (月) 01時14分

コメントを書く