ずっとアニメが好きだった(その1)
〜オタク的行動の芽ばえ〜
僕は小さい頃から好きなモノがずっと変わっていない。その時々で多少興味の幅が広がったり狭まったりしてはいるが基本的に変わらない。野球とアニメと漫画。この3本柱である。興味の持ち方や関わり方、原体験という部分でアニメや漫画とリンクする部分が多い特撮がその次くらいに位置する。
このブログではことあるごとに好きなモノと自分との関わりについて触れることになると思うがそれぞれとの関わりについて「想い出語り」を主題にして不定期に書いてみようと思う。何回続けようとかまったく考えず、想い出尽きるまで語ってみたい。
前置きが長くなった。悪い癖である。本題に入ろう・・・今回はアニメについての第1回である。
「オタク」という言葉、個人的には好きではない。が、世間に認知されておりその特性も含め分かりやすい言葉なので敢えて使う。僕が「オタク」的な行動をとるきっかけになった作品、それは「宇宙戦艦ヤマト」である。僕と同世代のオタクたちにはそういう人が多いと思う。
前回、ラジオドラマ「宇宙戦艦ヤマト」について触れた。この番組が放送されたのは1977年の12月。同じ年の8月、TVシリーズの再編集を中心とした映画「宇宙戦艦ヤマト」が公開されブームを巻き起こした。ラジオドラマが企画されたのはすでにこうした実績あってのことである。僕ももちろん劇場へ足を運んだ。このときの私はすでに「ヤマトファン」であり、待ちに待ったこの映画は小学生の頃からヤマトに抱いていた熱い思いを満たしてくれるものであった。
←映画版「宇宙戦艦ヤマト」のパンフ表紙と裏表紙。裏表紙は実際にはないシチュエーション(「青い地球」に帰還するヤマト)である。
最初のTVシリーズが放映されたのは1974年から75年にかけてのこと。前番組「侍ジャイアンツ」の大ファンだった僕は侍ジャイアンツが終了する頃に流れ始めた新番組の予告に釘付けになった。
「西暦2199年、人類は滅亡の危機にさらされていた・・・」
細かい部分は憶えていないが、おおむねこんなだったろう。そのナレーションと共に現れたヤマトの勇姿!元々軍艦好きでプラモをたくさん作っていたこともあり、戦艦が宇宙を飛ぶ、しかもそれが「大和」だというだけでワクワクした。また、前年に出版された「ノストラダムスの大予言」のブームもあり「人類滅亡」がキーワードになっていることが一層の興味を引いたのだった。
その第1話・・・期待に違わぬ出来であった、もう完全に魅了された。明らかにこれまで観たどのアニメとも違っていた。誰も見たこともなく経験したこともない宇宙空間での戦闘シーンがリアルに感じられ、地球に向かう遊星爆弾は「人類滅亡」を予感させる恐ろしさに満ちていた。僕は夢中になった。
しかし、視聴率が伸びず全26話を持って終了したのはあまりにも有名な話だ。ただ、ヤマトにとって幸いだったのはいわゆる「テコ入れ」を受けなかったことだろう。視聴率が伸びないからと言って子供向けに路線変更などをしなかったことがその後のヤマトの運命を良い方向に導いたと言っても良いと僕は思う。
その後しばらく僕は数少ないヤマト関連の出版物を、これまた少ないお小遣いで買い求め、ヤマトの絵を描きながら心の隙間を埋めていた。この時代は夕方になるとアニメが数多く再放送されており、ヤマトもほどなく再放送が始まる。関西での最初の再放送がいつだったか記憶にはないが、少なくとも僕が小学校を卒業する前だったはずだ。なぜなら、小5か小6の時に初めてラジカセを買ってもらった僕は再放送で全話をカセットテープに録音したからだ。それほどヤマトの再放送を待ちこがれていたのだ。
そして、ここに「オタク」の萌芽があったことに気づく。
ただ「好き」なのと「オタク」の違い。それはデータの収集や分析(大げさだが)をしたり、2次的な生産活動=絵を描いたり、模型を作ったり、サークル活動をしたりしながら繰り返し楽しむかどうか、だと思う。さらにそこにお金をかけることを惜しまないというのも大事な点だ。生まれ持った性格によるところが大きいと思うが、それを発現させるきっかけもまた重要だ。
僕にとってはそれがヤマトであった。
ヤマトを「好き」なだけでは飽きたらず「形になるモノ」を残したいと思った。当時考えることができた最高のモノが音を残すことだったのだ。録音のためTVのイヤフォンジャックからラジカセの入力端子につなぐケーブルも買った。そうすれば家族の話し声も雑音も気にしなくてすむ。僕はそこまでしてヤマトを残そうとしたのだ。充分に「オタク」的な行動であることに笑ってしまう。数年後、家にビデオデッキが来る(「来る」という表現が昭和的・・・)までカセットに録音するというのは基本的かつ重要な行動になった。
その後ヤマトはあっという間に、まさしくあっという間に社会現象になった。中学生になった僕はヤマトブームの洗礼を浴びた。自分で楽しむだけだったヤマトやアニメの世界が広がってゆくのを感じていた。ヤマトが映画化された背景には多くの(じぶんよりちょっとお兄さんやお姉さんの)ファンがいることを知った。そうした(自分も含めた)ファンの力が世の中を動かすこともあるんだと知った。そして何よりも「作っている人たち」を意識するようになった。それらを知るきっかけが映画公開後に出版された記念すべきロマンアルバム第1号「宇宙戦艦ヤマト」だった。翌年にはアニメ専門誌「アニメージュ」が創刊され、アニメブームは確実に広がりを見せていくのである。
その表紙もまた時代の象徴「ヤマト」であった。
←ロマンアルバム「宇宙戦艦ヤマト」
設定資料というものの存在を知った1冊。
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コメント
ヤマト・・・当時全く見てませんでした。
かなり繰り返された再放送でようやく見た・・・という感じでそれほどアニメや漫画にも興味を示してませんでした。
ヤマトをちゃんと見たのは高校に入ってアニメの作画に興味を持ちだした時期に作家の名前検索で見たのがきっかけでした。
009にいたってはあのOPの印象しかありません(>_<)
本編は最近DVDで4話まで見ました。
新作(平成版)も今レンタル中(^_^;)
私も小学校時代から野球が好きで野球で明け暮れる日々を過ごしてました。
絵も好きでよく描いてましたが、いわゆる漫画的な絵を描き始めたのは1980年、あの作品の再放送からです(アニメージュを買い始めたのは1980年10月号から!^o^)
この1980年から私の人生は大きく変わり、アニメの世界を目指すことになります・・・。
・・・って私の事を語ってすみません(^_^;)
投稿 ダヲス | 2008年4月20日 (日) 20時39分
AKIRAさん ブログ開設おめでとうございます!
満を持して・・・ですね!今まで「何でブログやってはれへんのやろう?」と思っておりましたよ。
ワタシは女の子なので(笑)、最初の放送の時は裏番組が「ハイジ」だったせいで、観てませんでした。小2だったかと・・・
アニキが夢中になっているのが不思議でしたが、再放送を観て、夢中になっている理由がよくわかりました。
「男性向き」というより、ある意味「大人向き」だったんでしょうね。
ワタシは、AKIRAさんのように収集はしておりませんでしたが、
(収集の情熱・・・頭が下がります)
すべてのシリーズや映画、テレビだけの特別編などホンマにようお世話になりました。
前回のラジオドラマネタのなかの、西崎Pと松本零士のいさかい話、おもしろかったです。
投稿 れいこはん | 2008年4月21日 (月) 00時24分
こんばんは。
AKIRAさんの記事を拝読し、私もオタクの部類に入るんだろうなぁと頷きながら読んでおりました。
本放送時は私も女の子だったので(爆)「ハイジ」組で、ヤマトは再放送で出会いました。もう初回見てやられました。
AKIRAさんご指摘の通り、ノストラダムスが流行っていた頃と丁度リンクしたんですよね。「人類滅亡まであと何日」というカウント表示が恐いといよりも、「そうきたか!」という感じで見てました。
ノベライズや写真集など、お小遣いの範囲ででしたが随分揃え、イラスト入りのスピンオフのお話を作ってはクラスの仲間に配ったりしてました…あ、同人誌ともいうのか(爆)
それが学校をまたいで別の学校の子にも広まって交流のきっかけになったりして…今から思えば結構ヤマトブームを引っ張っていた世代だったのかもしれません。
次なる話題も楽しみにしてます。(≧▽≦)
投稿 crockett | 2008年4月21日 (月) 01時53分
れいこはん
ようこそおいでくださいまして、
あーりがーとさーん!
>満を持して
あうっ、せやからヒマな日に気が向いたから、ですねんてば~。ネタを考えてたわけではないので先が心配です。既に寝る前にネタを考えてしまい寝付けまへんねや。
女の子は「ハイジ」が当然です。
上にも書いたように私は前番組の「侍ジャイアンツ」から観ていたので、ハイジは全く観ていませんでした。
おっしゃるように「大人向き」であったと思います。女性ファンも多くいましたもんね。私は最初、どっちかというとメカに飛び付いていたんやと思います。いつごろからストーリーにも興味が向いたかは定かではありませんが、子供なりに真剣に受け止めて観ていたと思います。でなければ再放送時の録音という行為まで至らなかったでしょうしね。
投稿 AKIRA | 2008年4月21日 (月) 11時36分
ダヲスさん
レスの順番が前後してあいすみません。
そうでしたね、ダヲスさんはアニメに興味を持ったのが割と遅かったんですよね。
けど、その後の密度がすごいですよね(以前、実家でアニメージュに載ったイラスト発見しましたよ)。
私は一つの作品をあれほどまでに突き詰めてはいませんから、ダヲスさんのジョー熱を尊敬していますよ。
そのうちダヲスさんもご存じのアニメや、野球の話題も取り上げますので、よろしく。
投稿 AKIRA | 2008年4月21日 (月) 12時49分
AKIRAさん
ヤマトの劇場版パンフレットにロマンアルバム、懐かしいです…。
これ(ロマンアルバムの方)欲しかったのを思い出しました。小学生の私には買えなかったケド…
私もAKIRAさん同様、侍ジャイアンツから見ていたので、ハイジは全く見てませんでした。学校で友達と話が合わなかった記憶があります。
ヤマトはその後、私をアニメの世界にぐいぐい引っ張っていった作品なのでやはり特別な思い入れがあります。
そういえば、何かの洋画を見ていた時の事ですが、劇中TVの画面にヤマトが放送されていたのを見たことがあります。海外でも広く放送されていたのでしょうか?興味深かったです。
投稿 natsumi | 2008年4月21日 (月) 12時50分
crockettさま
>オタクの部類
ええ、きっとそうですよ(笑)。同種の香りがぷんぷんと。
>ハイジ
れいこはんと同じですね。女の子デスものね。
>
>スピンオフ
どこからどう見たって・・・じゃないですか。ていうか私よりよっぽどススんだオタクっぷりですよ。アニメのサークル活動にものすごく憧れていましたが、私はそういう交流を持つのは高校になってからでした。
>ノストラダムス
そーなんですよね。私は最初、予告の「西暦2199年」を「1999年」と聞き違えて興奮してました。
投稿 AKIRA | 2008年4月21日 (月) 13時15分
natsumiさま
ロマンアルバム「480えん」ですが、小学生には高かったですよね。私は中学生になってたのでなんとか買えたんですが。
このロマンアルバムが私にとって初めて買ったアニメの絵が載ったヤマトの本です。それ以前は松本先生と、ひおあきら先生のコミックが私の持っていたヤマト本でした。これを手にしたときの喜びったらなかったですね。特に設定資料集。模写しまくってました。
それにしても・・・natsumiさんは「侍」派だったんですね。croさんやれいこはんへのレスで「女の子はハイジ」とか書いちゃって、失礼しました。でも面白かったですもんね。野球少年としてはめっちゃ燃えました。
>海外
ヤマトはアメリカで「スターブレイザー」というタイトルで放送されました。主題歌もあの曲に英語詩がついてました。ラジオで聴いた覚えがあります。内容はズタボロに編集されていたようですが。
けれど、ハリウッドにも多かれ少なかれ影響を与えたようです。
投稿 AKIRA | 2008年4月21日 (月) 16時28分
こちらにもコメつけさせてください、連投すみません。
AKIRAさんの記事を拝読し、crockett様と同じく、
私も自分のオタク気質を再認識いたしました。
もともと性格的にオタクの傾向はありましたが(笑)、
それを決定付けたのはやっぱりヤマトでした。
ヤマトに出会わなければ、これほどアニメに興味を持つこともなかったと思います。
「好き」というより、まさしく「嵌る」という言葉がぴったりでした。
超ド田舎に住んでいたため環境に恵まれず、グッズの収集はあまりできませんでしたが、それでも自分なりにファン活動、もといオタク活動を楽しんでいたように思います。
ただ、やはり私も本放送放映時はハイジ派でしたが。
それでも、北海道のあんな超ド田舎だったにも関わらず、
次第に「ヤマトっていうすごく面白いテレビ漫画がある」という、
噂というか評判は伝わってきていて、
「宇宙戦艦ヤマト」という名前だけは知っていました。
私のヤマトとの最初の出会いは、さらば公開の前日だったかにTV放映されたいわゆる劇場版、
当時の私にはそれがとても面白かったので、
続編といわれたさらばをわざわざ両親と札幌まで観に行き、
見事どっぷり嵌ることになりました。
‥はっ、昔語りになっちゃいました、長文すみません~(汗)。
投稿 まりあ | 2008年4月22日 (火) 13時47分
ヤマトは再放送で見ました。夕方やってましたね★26話しかやってなかったとは意外です。
私は「あしたのジョー」を録音してました(^^)テレビの前にラジカセを置いて録ってたので、電話音や人の話し声が入ったりしてましたね(^^;)
投稿 パパイチ | 2008年4月22日 (火) 22時55分
まりあ様
連投大歓迎ですよ〜。
当時はヤマトでアニメにハマるようになったという人が多いと思います。ヤマトのブームによってアニメとの「観るだけではない関わり方」があることを知りました。
私は家そのものは田舎なんですが、大阪府下なのでTVもラジオも大抵は見聞きできました。街に出れば本やグッズも手に入りました。まりあ様がどの程度不便な思いをされていたかは分かりませんが、そういった中での行動や活動がどういうものだったかすごく興味あります。
>さらば前夜の劇場版
そうでしたね。映画公開日の前夜に放送ありましたね。あの日放送されたのは厳密に言えば公開された劇場版ではなく、さらにシーンを加えて編集したものでした。視聴率は相当高かったはずです。
その翌日、私は友人と「さらば」を観に行きましたが劇場は何とも言えない幸せな空気というか、ファンの一体感のようなものに包まれていたような気がします。
この辺の話はまた後日詳しく書くつもりです・・・。
投稿 AKIRA | 2008年4月23日 (水) 12時29分
パパイチさま
やっぱりジョーでしたか。
ラジカセをTVの前に置いて録ったという人は多いですね。私は小学校高学年から中学生の頃オーディオに凝っていたので、TVからの録音方法も知っていました。
けれど周りの音が入っているカセットも、またすごくいい想い出だと思いますよ。
投稿 AKIRA | 2008年4月23日 (水) 12時34分