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2008年11月22日 (土)

ずっとアニメが好きだった(8)

〜さらば宇宙戦艦ヤマト公開〜

Photo

↑当時の新聞広告

アニメージュ創刊と同じ1978年の夏、8月5日に全アニメファン待望の、宇宙戦艦ヤマトの続編にして完結編(になるはずだった)「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」が公開される。
“全アニメファン待望の”という表現は決して大げさではない。テレビ第1シリーズとその再編集による映画版の人気がアニメブームを巻き起こしていた。テレビではすでにアニメファンを意識した作品も多く放送されるようになっていた。けれども、アニメの面白さを(オタク的に)知ったばかりの僕や当時のアニメファンは「もっと多くの作品を観たい、もっとレベルの高い作品を観たい」という欲求がものすごく強かったのだと思う。ブームの熱に浮かされていたとも言えるのだろうけれど、それはとても心地いい熱だったのだ。
そんな時代だからこそ、ヤマトの続編は本当に誰もが待ちこがれた本命中の本命と言えた。それもオリジナルの劇場版新作となれば燃えないはずがなかった。

宇宙戦艦ヤマトのロマンアルバムに掲載された、映画第1作が公開されたときのファンが徹夜する様子に憧れたことは以前に書いた(ずっとアニメが好きだった(3)参照)。今度こそは徹夜行列に加わりたいと思ったものの、中学生の僕に親がそんなことを許すはずもなかった。涙をのんで公開初日の朝、始発のバスで僕は友人と2人映画館へ向かったのだった。当時、僕の実家から大阪の都心まではバスと電車を乗り継ぎ1時間半近くかかっていた。「もう映画館は一杯ちゃうやろか・・・」気ばかり焦るも、自分たちではどうしようもなく京阪淀屋橋駅を降りるやいなや御堂筋を北へ猛ダッシュで(野球部にいた僕らは体力だけはあったのだ)今は無き梅田の東映会館へ向かった。
映画館の前はすでに大行列だった。とにかく一刻も早く並ぼうと最後尾を目指すが、映画館の前の歩道から始まった列は角を曲がり映画館の裏手まで続いていた。ようやく列に並んだ僕らは立ち見を覚悟していたが、ヤマトの続編を見たいという気持ちが強く立ち見くらいのことはどうでもいいと思えたほどだった。
ようやく館内に入ったものの案の定劇場内はごった返しだった。とても座れそうにないと思いつつも2人で手分けして空いている席を探し回った。するとなんと奇跡的にぽっかりと2席並んで空いているではないか。しかも中段まん中から少し奥に入っただけの良い席だ。僕は持っていた鞄を放り投げて席を確保した(野球部なのでコントロールには自信があったのだ)。こんなに大勢の人が席を探しているのにそこだけ誰も気づかなかったなんてスゴイ。ヤマト愛の強い僕へのご褒美ではないかと思ったくらいだ。

並んで席を確保した僕らの気分が上々なのは言うまでもなく、あとは映画がはじまるのを待つばかりだった。
そしてついに待望の、本当に心から待ちこがれた「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」が始まった。もう気分はMAXハイ状態だった。前作で古代守を演じた故広川太一郎氏のナレーションで始まり、荘厳なパイプオルガンの曲をバックに繰り広げられる彗星帝国の脅威・・・そしてタイトルが出た瞬間、すでに僕の目は潤んでいた。そこにあのスキャットがかぶる。「ああ、ヤマトだ・・・これは間違いなくヤマトなんだ・・・」そんな思いで一杯になり涙が溢れそうだった。

それから後の事を書き始めると全ストーリーを紹介するハメになるのでやめておこう。
ヤマトの発進シーンで息をのんだり、デスラー登場シーンでどよめいたり、真田が死ぬ場面ですすり泣いたりしながら、皆がヤマトの世界にどっぷり浸りきっていた。クライマックスでは全ての人が泣いていたのではと思えるほどだった。
映画が終わるまでの2時間半はそれまでに感じたことのない幸福な時間だった。いや、それ以後もこれほどの幸福感はなかったように思う。それほどに劇場全体が一体感を持っていた。
それは公開初日の第1回目の上映だったからだと今でも思う。そこへ駆けつけるような人は間違いなく全てがヤマトファンであり、アニメファンだったはずだからだ。皆が皆、この瞬間を待ち望んでいた。誰よりも早く、少しでも早くヤマトに逢いたい。そんな多くの思いがもたらした時間だったのだと思う。
エンディングのジュリーの歌が終わった後、劇場は拍手に包まれた。誰からともなく自然と拍手がわき起こった。皆がこの映画に満足していた。
そしてヤマトとの別れを惜しんでいるかのようだった。

・・・そう、これが本当にヤマトとの別れであった方がどれほど良かったか。そうであればその後の僕らがヤマトに対してこれほど複雑な思いを抱かなくて済んだのにと今でも悔しい。
けれども、やはり「さらばヤマト」は永遠だ。30年前の夏、あの日あの時の胸の熱さは今でもはっきりと思い出せる。1978年8月5日「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」公開初日の第1回上映。その瞬間にしか味わえない感動を僕らは味わえた。そのことだけは真実だ。

そして僕の大好きなヤマトはあの時宇宙に散ったのだ。

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Photo_2


映画パンフと前売り入場券

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コメント

「映画では壮絶なラストを飾るヤマトが、名作ゆえにシリーズを
終わらせたくなくってテレビ版ではよみがえってしまう」のは
仕方がないことやと思てました。
全部の回を観るより、映画版を観る方がみっちり濃密で、
感動もひとしおだったと記憶しております。

梅田東映、昔は本当にお世話になりました。
今は梅田ブルク7としてイーマの中でがんばってますね。

投稿: れいこはん | 2008年11月25日 (火) 23時14分

れいこはん、おいでやす。

TVの「ヤマト2」は映画の「さらば・・・」の通りにお話が進むと思っていたので、途中から「あれ?あれ?」って感じでした。正直なとこ、絵も全体的にイマイチだったので映画のようには、あまりのめり込んで見ることは出来ませんでした。

数年前、あそこの前を通ったときに梅田東映がいつの間にやらなくなっていたことに気付きました。ずっと東京にいたので全然知らずじまいで・・・。あそこはどれだけ通ったか知れない想い出の場所だったのでけっこうショックでした。阪急百貨店前にあったあの美しいコンコースも今はもう見られず、時の流れとはいえ寂しい限りです。

投稿: AKIRA | 2008年11月26日 (水) 13時46分

こんにちは、お久しぶりです。
記事を読んでいると、当時の熱気や興奮が伝わってきて
、読んでいるこちらまでなんだかドキドキしてしまいました(笑)。
…さらば 公開から、ちょうど今年で30年なんですね。読みながら、私も「あのアツい夏の日」を思い出しておりました。
それにしても、初日第一回の上映をご覧になったなんて素晴しいです、それはほんとに盛り上がったことでしょう!当時の新聞広告や、チケットの半券等も、綺麗に保存なさっているのですね。
ヤマト物はほとんど捨ててしまった私には
羨ましいです~。是非これからも大切になさってくださいませ。

さらば に関しては、話し始めると作品論みたいになって止まらなくなるので語るのはやめておきますが(笑)、30年経った今でも、
あの展開は辛すぎて観るのが苦しくなってきます。
当時、相当なショックを受け、号泣しましたもんね。
私は さらば ですっかりヤマトにのめりこんでしまったクチです。
最近のヤマトシリーズ再見の際、
さらば も30年振りぐらいに観ました。
やはり大人になったせいか、当時とは少し違った感想を持ちました。
で、ちょっと思うところがあって、なんと、今はテレビ「ヤマト2」シリーズをボチボチ観始めているところです。
当時、2はあまり好きになれなかったので、
再見する気になったなんて、自分でもびっくりですが…。
うわわわ、やっぱり止まらなくなってきましたので、
このへんで退散いたします~。

 

投稿: まりあ | 2008年11月26日 (水) 17時46分

まりあ様、おひしゅうございます~。

そうなんですよね、あの夏から今年で30年・・・今年の8月は忙しくて忘れてしまってました。なんとか今年中に記事を書けて良かったです。

まりあ様は「2」を再見されているんですね。私は本放送の時に観たっきり観ていません・・・まだその気になれません。ひょっとしたらもう一生観ることはないのかも、なんて思っています。
TVの第1シリーズはいつ観ても新鮮な気持ちになれますが、さらば以降のヤマトは色々な意味で観るのが辛いのです。「さらば」も全編通して観たのはもう随分以前のことです。

作品そのものは何十年経とうとも観ることはできますけど、「ヤマト」と過ごした熱い日々はあの日あの時代でなければ絶対に感じることの出来ないものでした。ヤマトに対して複雑な感情を持たざるを得なくなったことは残念なことではありますけど、30年前にリアルタイムであの熱を感じられたことだけは今でも大切な思い出です。

「さらば」という作品そのものや、本当はあまり触れたくないヤマトのトラウマについて、一度ちゃんと書いてみるつもりです。

まりあ様もどうか遠慮なさらずに、ていうかむしろどんどんヤマトネタに絡んでください。たくさん語り合いましょうよ~(むしろ引っ張り込みたい)。

投稿: AKIRA | 2008年11月26日 (水) 18時18分

連続のコメ、すみません。
>たくさん語り合いましょうよ~(むしろ引っ張り込みたい)。
わっ、なんて嬉しいお誘いでしょう♪
こうなったらとことんまでいっちゃおうかしら?
あああ、AKIRAさん、ドン引かないでくださいね~。

>まだその気になれません。ひょっとしたらもう一生観ることはないのかも、なんて思っています。
そのお気持ち、よくわかります。
私もAKIRAさんと同じように思ってました。完結編でシリーズが終了した時、正直なところ「これでやっとヤマトが終わってくれた…」
という思いが強かったです…。そして「これで自分の中でのヤマトもお終いにしよう」と「もう一生ヤマトは観ない!」つもりで
完全封印しました。
大好きだった作品のことを最後はこんな風に思うなんて寂しかったですが、それだけいろんな思いをさせられたことの結果でした。

それなのに、30年近く経って、ちょっとしたきっかけでヤマトを再び見る機会が訪れました。
しかも、当時は好きになれなかった、あのヤマト2を観てみようかな、って気になったのだから自分でもほんとにびっくりです。
大人になって、いろいろな考え方が当時とは変わってきたからだと思いますが、AKIRAさんも、もしかしたらこの先、
何かのきっかけで「観てみようか…」という気になることもあるかもしれませんよ。

>30年前にリアルタイムであの熱を感じられたことだけは今でも大切な思い出です。
社会現象にまでなったあのヤマトブーム、その熱気というか、
雰囲気というか、空気というか、
あれは二度と追体験できないもののように思えます。
ヤマト以後も、大人気になった作品はたくさんありますが、ヤマトのあの雰囲気は独特のものだったように思います。
ヤマトには、いろいろな思いをさせられましたが、でも、それまでのテレビ漫画を決定的に変え、今に続くアニメファンを生み出し、新しい時代を作ったといってもいいほどのこの作品を、リアルタイムで経験できたことは、私にとっても間違いなく大切な思い出です。

それにしても。
ヤマトに対して、当時も今も、複雑な思いを抱えているのが自分だけではないということがわかって、なんだか少し安心しました。
川島さんのスキャットを聞くと、当時のいろんな思いが蘇ってきて、いつも泣きそうになってしまうのが困っちゃいますけどね。

とりとめのない話で申し訳ありませんでした。
またいろいろなお話お聞かせくださいね!

投稿: まりあ | 2008年11月27日 (木) 13時47分

まりあ様
どうぞ、お時間許す限りいらしてくださいまし。ドン引きなぞしようはずがありません。こうして30年が経ち、またヤマトの話題で熱くなれるなんて、素晴らしいことです。


>これでやっとヤマトが終わってくれた
そう、そうなんですよね。私もそう思いました。
「完結編」までのすべてのヤマトを見届けるのは自分の義務だと思い、劇場に足を運びました。終わった後はまりあ様と全く同じで「ようやく終わったんだ・・・」と思いました。映画の印象はほとんど残っていません、ご都合主義はここに極まったな・・・という以外は。

ヤマト2はいつかまた観てみようと思うかも知れません。けれども「完結編」だけは絶対に観ないだろうと思います。この作品だけは何があっても絶対に許せないことがあるのです。それについては、いずれまた記事に書くかも知れませんので今回は言及しませんが・・・(ネタを残そうとしている・爆)。

>スキャット
私も心の準備なしに聞いてしまうと、必ず泣いてしまいます。


まりあ様や私のように、ヤマトブームをリアルタイムで体験した人たちには、間違いなくヤマトに対して同じような思いが残っていると思います。それは逆に言えば、それだけヤマトへの思いが熱かったということなのだと思います。
そして、あんなことで傷つくことができるほどに当時のアニメファンは純情だったのだと思いますよ。

投稿: AKIRA | 2008年11月27日 (木) 21時43分

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