スポーツ

2009年6月25日 (木)

野球博物館50年

「野球博物館」をご存じだろうか。正式名称は「財団法人 野球体育博物館」。野球の殿堂と博物館、図書館などが一体になった施設で、東京ドームの一角に作られている。「体育」という名称が付いているのは文科省の補助金がもらえるとか、税金が免除されるとか、そういった理由からだったと思う。その野球博物館が今年開館50周年を迎えたというので、久しぶりに足を運んでみた。
入り口階段を降りた正面には、記憶に新しいWBCのトロフィーが展示されていた。前回06年大会のトロフィーと今年の二つが並べられており、二つ並ぶとさすがに迫力がある。順路通りに行くと、次に原12球団のユニフォームと主力選手の道具やサインの展示。ここのレイアウトは基本的に変わらないが、ユニフォームや扱う選手はその都度変わっている。その後プロ野球の歴史、野球の歴史、アマ野球の歴史・・・などの展示がありそれぞれの関連収蔵品が展示されている。古い野球道具やイベントポスターにチケット、ルールブックなど野球好きには楽しい場所であるのは言うまでもない。野球の道具で最も変わったのが、グローブであり、ほとんど変わらないのがボールである。バットも基本的な形状にには変わりがないと言っていいだろう。ボールも見た目はともかく「性能」については長い年月の中で進化してきてはいる。ただ、基本的な作りと形状や素材についてはほかの数多ある球技に比べて一番変化がないはずだ。そこが野球というスポーツの普遍性を表しているのだと展示を見ていて思う。
そして一番広いスペースを取っているのが「野球殿堂」である。今年までの殿堂入り表彰者168名と特別表彰4名のレリーフが壁に掛けられている(レリーフの出来にバラつきがあるのが気にはなるが)。プロ野球に限らず、野球界の発展に寄与した人々が殿堂入りしているのだが、知らない人もかなりいる。陽の当たるスター選手や監督ばかりではなく、こうした人たちを後世に伝えていくという理念は素晴らしい(個人的には殿堂入りにふさわしいと思えない人もいるのだが・・・)。
今年は先にも書いたように野球博物館の開館50年という記念の年である。それに合わせた企画展が順次開催される予定だが、現在は「野球殿堂50年のあゆみ」が開催中(7月20日まで)だ。開館当時の写真や新聞記事、殿堂入り表彰式の写真と殿堂入りした方々ゆかりの品が展示されているので興味のある方は出かけてみるといいだろう。

野球博物館は東京ドームのオープンに合わせて移転・拡張されたのだが、それ以前の1987年までは後楽園球場の脇、地下鉄丸ノ内線の後楽園駅に近いところにあった。僕は大学時代に一度だけ訪れたことがある。シーズンオフの平日とあって、来館者はほとんどいなかった。今でこそ後楽園駅周辺は再開発によって賑やかになっているが、当時(25年前)は後楽園球場の裏口といった感じであった。しかし、その寂れた雰囲気が当時のこの博物館には妙にマッチしていた気がする。館内もあまり明るくなく、だけどもそこここに野球の匂いを感じることができる落ち着いた雰囲気だった。おそらくは本当に野球が好きな人だけが訪れる場所だったのだろうと思う。今は東京ドームの一角に移り入場者は増えたに違いないし、気軽に入れるという意味では良くなった。しかし、訪れる人はまばらであっても個性的な、独立した建造物だったかつての野球博物館を懐かしく思うのは僕だけではないと思う。

Photo_450年記念の復刻チケット。当時の建物の外観が描かれている。


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入り口(左)とWBCのトロフィーふたつ


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名投手・杉浦忠のレリーフ。博物館開館の年、38勝を挙げ日本シリーズ4連投4連勝でMVP。個人的に全盛時の投球を見たい投手の筆頭。

Photo_3松坂のユニフォームとベーブ・ルース来日時のポスター。この時結成された日本チームが後の巨人軍の元になった。それから75年、日本野球は大リーグに肩を並べた・・・のか?


02「鎮魂の碑」。太平洋戦争に散ったプロ野球選手の慰霊碑。東京ドームに背を向けるようにひっそりと建っている。かつては博物館の入り口付近にあった。なぜ、これをもっと人目に付くところに移設しなかったのかが分からない。そういうところが日本のプロ野球のもっともダメなところだ。

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2009年4月17日 (金)

3086・・・そして無人の荒野へ

イチローがついに3086安打を打ち、張本の記録を抜いた。当たり前のように実にさらりと打ってしまった。今日打つであろうことはほとんどの人が願望も込めて予想していただろう。そして打った。今、イチローについて書きたいことは概ね前回のブログで書いてしまったので、今回は書くことがない。

これからひとり無人の野を往くイチローがたどり着く場所はどこなのだろう。

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3085

イチローが日米通算で3085本目の安打を満塁ホームランで飾った。今さら説明するまでもないが日本出身(“日本人の”ではない)のプロ野球選手として張本勲の記録に並んだ(“日本タイ記録”でもない)。ホームラン、しかも満塁というところで打つあたりさすがはイチロー・・・と全ての日本人が思ったであろう。張本は3000本めの安打をホームランで飾り、その張本の記録にイチローはホームランで並んでみせたということもまた面白い。
昨日はマリナーズに復帰したケン・グリフィーJr.もマリナーズでの通算400号を放ち(アメリカではこちらの方がニュースだろうが)、日米両方の野球が好きな僕にはうれしい日であった。グリフィーに憧れていたイチローにとっても心に残るのではないだろうか。

試合の趨勢はほぼ決まった中でしかも満塁、いわゆる“おいしい場面”である。インタビューでは「当てるのに必死だった」と言ってたが本当は狙っていたはずだ。ファーストストライクのフルスイングがそれを物語っている。ほぼど真ん中のストレートを真後ろにファウルするなど、イチローの技術ではありえないからだ。僕には相当力んだように見えた。ホームランはツーストライク後の変化球だったのでその時点では頭を切り換えたかも知れないが、心は狙っていたと思う。切り替えた頭と狙う心が生んだ完璧なスイングだった。普段は身体の前の方でボールを捉えるのがイチローだが、ホームランを狙って打つときは体重を前に移し切らずに腰を鋭く回転させて身体の近くでバットにボールを乗せるようにして打つ。今日のスイングはまさしくそんなスイングだった。イチローのホームランの軌道は普段はもっと低いのだが、昨日は低めのボールをアッパーで捉えたので打球がかなり上がった。ホームランが出にくいと言われるセーフコ・フィールドであれが入るということはかなり力の入ったスイングだったはずだ。
WBCの決勝打の後、胃かいようでDL入りという衝撃、そしてこの劇的な復活というのはあまりにもドラマチック過ぎる。出来過ぎだと思えるほどに。しかし、これがイチロー流に言えば「持ってる」ということなのだろう。もし今シーズンも200安打を放てば9年連続で大リーグ新記録だし、そこに到達するならその前には自動的に史上最速のメジャー2000本安打の達成もクリアすることになる。8試合の欠場がシーズン終盤にどう響いてくるのか、あるいはそんなことなど忘れてしまうくらいの活躍をするのか、今シーズンもますますイチローから目が離せなくなってしまった。

もう日本にはイチローが背中を追う選手はいない。イチローがこれから歩む道には偉大なるメジャーのマイルストーンが立っているのみだ。そしていつの日か、イチローの名がそのマイルストーンに刻まれる日が来ることを、僕は夢見る。
その夢はベーブ・ルース来日の頃からの日本野球の夢のひとつでもあるはずだ。
イチローが刻む歴史は、長い長い日本野球の歴史がたどり着いたひとつの金字塔なのだ。
彼が歩いてきた道には多くの野球人の夢が埋まっている・・・。

以下、余談。
昨日イチローは・・・というか全メジャーリーガーが背番号42を付けてプレーしていたことに気がついたと思う。しかもネームも入っていなかったのでよっぽどメジャーに詳しくない人は誰が誰だか分からなかっただろうし、なぜみんな42番を付けているのかも(中継を観ていなかった人は)わからなかっただろう。
今日は黒人初の大リーガーとなったジャッキー・ロビンソン(注釈ばかりで申し訳ないが“現在の大リーグ組織では初の”黒人プレーヤー)がデビューした日で、大リーグでは彼がデビューして50周年を記念となる1997年以来、その功績を讃え「ジャッキー・ロビンソン・デー」として毎年全選手が42番を付けてプレーしているのだ(42番は現在、97年当時から42番をつけていて今も現役である選手を除き、全球団で永久欠番扱いになっている)。敢えてこじつけるならば、白人以外はプレーできなかったメジャー・リーグでこうして日本人がプレー出来るのもロビンソンが重い扉を開いたから、と言えなくもない。そんな記念の日にイチローが、それも日本人ではない(アメリカにおける黒人同様に、日本の近代においては差別を受け続けてきた朝鮮民族である)張本の記録に、遠いアメリカの地で並んだということはなんだかとても感慨深い。
それぞれの国で、それぞれの時代に、全く違うルーツを持つ人々がそれぞれの思いを持って野球というスポーツに取り組み偉大な歴史を刻んできたという事実が僕には感慨深いのだ。そういう意味ではイチローは最も恵まれた時代に生まれ、恵まれた環境の中で野球だけに打ち込むことが出来ているぶん幸せなのかも知れない。僕はそういったことを忘れずに野球を観ていたい、観ていかなければ、と思う。

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2009年3月 6日 (金)

WBC開幕戦を観戦

第2回ワールド・ベースボール・クラシックの開幕戦である日本vs中国を観戦してきた。場内はほぼ満員で日本の野球熱の高さを改めて認識、イチ野球ファンとしては喜ばしい限りであった。
割とあっさりしたセレモニーの後、始球式には王貞治氏が登場し場内はまさしく割れんばかりの拍手に包まれた。王さんを心から尊敬する僕は、マウンドに立つ王さんの元気な姿をナマで観られ思わず涙ぐんでしまった。個人的には王さんのこの姿を観ただけでも足を運んだ価値があった。ていうか、そこが一番感動的であり肝心のゲームはというと、極めてお寒く盛り上がりに欠けるものだった。
投手陣はおおむね良い内容だったと言えるのだが、クローザーの藤川が9番バッターにヒットを打たれるなどやや不安定で、球速も彼本来のものではなかったことは少々気がかりではある。8回に投げた馬原にしてもそうだが、パワーピッチャータイプで似通った2人が後ろの方を任されるということについて僕はかなり危惧しているのだが・・・。
誰もが考えているように、問題は打線だろう。
一番のイチローが全く当たっていないことも心配だが、それでも安定感を欠く中国投手陣から初回と2回の先制のチャンスをモノにできず終盤にダメも押せなかった。追加点は相手のボークによるもので、4点を取ったとは言え中国と同じ5安打しか打てなかったことはお寒い限りである。逆に考えると日本の投手から5安打を放った中国って案外スゴイのかも知れないが・・・。シャープなスイングを見せていたのは2安打の青木とホームランを打った村田くらいで、みな一様に元気なく見えた。
危ない試合だったから言うわけではないが、宮崎合宿からテンション上げすぎだったのではなかろうか?あのテンションでずっといれば疲れるのも当然だと思う。イケイケでやってるうちはいいが、西武、巨人とのゲームで「あれ?なんか変」と感じていてそれが今までつながっている気がしてならないのだ。
今夜のゲームが次の試合にどういう影響をもたらすのだろう。初戦を勝ったことで緊張がほぐれて良い方向に傾けばイイのだが、選手達自身が自分たちの調子について「ヤバいかも」なんて感じていたとしたら心配だ。選手は自分の力を信じられなくなるのが一番危ないのだから。


以下、スタンド雑感・私感。

僕はもう何年も日本のプロ野球をナマで観戦していない。それは「応援団」が嫌いだからだ。トランペットに合わせながら、あるいはみんなで声だけで、というケースもあるがのべつ幕なしに選手の応援歌を歌ったりする、あれが耐えられない。それが楽しくて球場に行く人たちや応援団の人たちを中傷する気も否定する気もさらさらない(むしろ、その情熱には頭が下がる)が、僕は嫌いだ。僕はボールがミットを叩く音が好きだ。バットがボールを捉える音が好きだ。そして誰かと一緒に野球を観ながら、あれやこれやと野球談義をするのが好きなのだ。それを妨げる応援がイヤで、球場に足を運ばなくなったのだ。
WBCの強化試合をTVで観ているときは、応援団がいなかったので「ああ、よかった」と思っていた。けれど、本番ともなれば各チームの応援団が手を組んで現れるのではと危惧していたら・・・やっぱり来ていた。
さすがに特定チームの応援ではないのでスタンドのまとまりはイマイチで、普通に座って観ている人も多かったのでまだマシだったが、周りの観客もみんな立ち上がって応援するようならとっとと帰ろうかと思ったくらいだった。
スタンドの応援風景は日本の野球の風物詩だと、肯定的に捉える向きも多いのだがその一方で別のファンの観戦の楽しみを奪っている面もあるということを彼らはおそらく想像したことなどないだろう。どんなつまらないゲームでも応援で盛り上がって帰ればそれはそれで楽しいだろうけれど、つまらないゲームも面白いゲームも均質化させてしまうような応援を僕は好きになれない。
良いプレー、良いゲームがあれば盛り上がる。つまらないゲーム、つまらないプレーはつまらなく観ればいいのだ。
それもまた野球観戦の楽しみである、と少なくとも僕は思う。

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