ずっとアニメが好きだった(18)
〜映画「銀河鉄道999」公開前夜〜
映画版「銀河鉄道999」は1979年8月4日に公開された。
その30年目の記念日を前に「999」公開前のことを少し書こうと思う。
当時の僕は中学3年生で、アニメの世界にどっぷり浸り始めていた。
過去にこのブログで何度も触れたので、今回は詳しく書かないが「宇宙戦艦ヤマト」を起爆剤としたアニメブームはこの1979年に最初のピークを迎えたと言っていいだろうと思う。そのヤマトのTVシリーズ監督であり、ビジュアルイメージを担ったのが漫画家・松本零士だ。ヤマトのヒットにより当時最も注目されるクリエーターの一人になっていた。僕もヤマトを通じて松本零士に興味を持ち、アニメ化される前から「キャプテン・ハーロック」や「銀河鉄道999」を読み始めていた。
そのハーロックと999は1978年の春と秋に立て続けにTVアニメの放映が開始され、同じ78年の夏には「さらば宇宙戦艦ヤマト」が劇場公開されていて、ちょっとした「松本アニメブーム」と呼べる状況にあった。
そんな中で映画版999が製作されたことはある種必然と言えることだったのかもしれない。ただし(これは後で知ったことだが)映画版999の企画はTVのヒットを受けたものではなくTVシリーズが始まったのとほぼ時を同じくして企画がスタートしていたらしい。その時からりんたろう監督や小松原一男作画監督などハーロックのスタッフでの製作もほぼ決まっていたとのことだ。
僕が映画版999の情報を知ったのは1979年3月のこと。当時入会したばかりの「東映アニメーションファンクラブ」の会員に届けられた「銀鉄NEWS」でだった。ただ、ここの記憶は少し曖昧だ。999の映画化情報自体は先にどこかで知っていて、その情報を得るために東映アニメのファンクラブに入ったような気もする。
いずれにせよ、映画版999のビジュアルイメージを初めて見たのは「銀鉄NEWS」で間違いない。アニメージュに映画版999の記事が掲載されたのは79年4月10日発売の号においてだったからだ。
その「銀鉄NEWS」に掲載された15歳の鉄郎は等身が伸びて、キリッとした表情をしていた。その予想外の設定には驚いたが、この1979年中に15歳になる僕は鉄郎は「同級生」だと思い、15歳という設定に対して共感を持った。たったそれだけのことが漫画版やTVアニメ版とは違う特別な思い入れを映画版999に持つきっかけになったのだ。
その後「銀鉄NEWS」は4号まで発行され、アニメージュ誌上では公開まで毎号詳細な情報が掲載された。徐々に明らかになるストーリーや各種設定、そして掲載されたフィルムの抑えた色使いと緻密な背景、キャラの表情などからは対象年齢の髙い大人向けの作品であることが伺えた。その写真は動くことはなくとも、一目でビジュアル的な完成度の高さが分かるものであり期待しないではいられなかった。ハーロックやエメラルダス(アニメに登場するのはこれが最初)が“出演する”ことも話題であり、より渋く格好良くリニューアルされたアルカディア号のデザインにも興奮した。
面白いことにこれだけ注目の作品にも関わらず、アニメージュでは最初の記事が出た5月号から映画公開の8月発売の9月号までの間、一度も999は表紙にはなっていない(ちなみに5月号からの表紙は順に「花形満」「島村ジョー」「トリトン」が2号連続、そして「アムロ・レイ」である)。
999の予告編を僕は少なくとも一度は劇場で観ているはずなのだが、いつ何の映画を観た時かは思い出せない(少なくともアニメ映画ではなかったと思う。何かのイベントだったかも知れない)。
この予告編ではまだキャストの一部は固まっておらず、ハーロックもエメラルダスもおなじみのお二人ではなかった。特にハーロックが井上さんじゃなかったので「おや?」と思った憶えがある。そうは思ったが、個人的にはこの予告編の声も悪くない印象だった(やや渋すぎる声だったが)。裏付けはないが、おそらくハーロックが徳丸完さん(ハーロックのTVシリーズで井上さんの代役を務めたことがある)でエメラルダスが北浜晴子さん(同じくハーロックのTVシリーズで女王ラフレシア役)ではないだろうか(北浜さんについてはかなり自信あり)。ナレーションは本編と同じ城達也氏で、これは予告編の時からぴったりハマっていた。
999が公開された1979年の夏休み。
僕は受験勉強の前にやるべきことがあった。野球である。
中学最後の大会に僕はレギュラーとして臨むことになっていた。
だけどチームそのものには大きな不安があり、自信満々で臨む大会というわけではなかった。それには、自分たちではどうしようもない理由があり、結果的に僕らは1回戦であえなく敗退することになるのだがそれは今回の本筋ではないので省く。
気分的にはすごく不完全燃焼で悔いが残る試合だった。
そして僕は高校受験のための夏期講習に通う夏休みを過ごすことになる。
映画版「銀河鉄道999」の公開はもうすぐそこに迫っていた。
あの夏の僕の楽しみは999だけだった。
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