ずっとアニメが好きだった(7)
〜アニメージュとアニメーター〜
アニメージュの登場はアニメをより一般化することに貢献した。その一方でファンの目を、より深い・・・というのが適切かは分からないが、それまでとは違った存在にも向けさせた。その存在とは「アニメーター」である。アニメージュはたびたび制作スタッフの特集記事を組んでいた。中でもアニメーターは作品イメージとダイレクトに結びつく「絵」(=キャラ)を描いているため、演出や脚本などよりは理解と共感を得やすかったのだろう。人気俳優に憧れるがごとくキャラに憧れ、引いてはアニメーターに憧れるという流れが生まれたのだと思う。当時の人気作品との相乗効果もあってアニメーターはある意味アイドル的な存在になっていった。
アニメージュ創刊以前にもアニメファンはアニメーターたちに注目していたはずではあるが、こうした商業誌で取り上げられることになったことでより多くのファンにその存在が注目されるようになっていったと思う。少なくとも僕はそうだった。
アニメージュでは創刊号から「アニメ人物マップ」というコーナーで、アニメの制作現場に携わる人にインタビューした記事を載せている。その4回目に初めてアニメーターである荒木伸吾氏が登場する。それと連動して巻頭に「アニメーターオリジナルイラストシリーズ」というピンナップ企画をスタートさせている。その後、安彦良和ー金山明博ー小松原一男ー窪詔之ー羽根章悦の順で各氏がインタビューとピンナップに登場する。さらにその間、九里一平氏によるガッチャマンのイラストが2回、金山氏によるダイモスのイラストが一回、それぞれ描き下ろしで表紙を飾っている。
アニメージュが画期的だったのは、このように現役のアニメーターの描き下ろしイラストを積極的にピンナップや表紙に採用したことだ。アニメーターをアニメの作画以外でイラストレーターとして力を発揮する場を提供したのである。
果たして、彼らのイラストは圧倒的な迫力を持っていた。セル画で設定画でもない個性あふれるタッチで描かれたイラストは、アニメ作品を見るのとは違った楽しさがあり、そしてそれらの絵はアニメーターという名の絵描きの実力を示すのに十分なものだったのだ。彼らの秘めた力を見せつられた僕はアニメにおける「作画」というものに以前にも増して強く興味を持つようになる。そして上手い、下手という意識だけで観ていたものを「誰が描いたか」ということに意識が向くようになっていった。
アニメージュの記事によってアニメーターという存在がより具体的なものとして見えてくると、アニメを観る楽しみも増して行く。昔好きだったあのアニメにこの人が参加してたのか、あの作品とこの作品は絵が似てるように思ってたけど、やっぱり同じ人が描いてたのか・・・あの新作のキャラデザインはあの人か、じゃあ観て観ようか・・・などという具合に、どんどん興味が膨らんでいったのである。
←荒木伸吾氏のオリジナルイラスト(姫野美智氏との合作。部分、1978年10月号)
当時、人気があったアニメーターといえばやはり「ダンガードA」を手がけていた荒木伸吾氏だろう。荒木氏の描くキャラは独特の美しさと色気があり、特にダンガードのトニー・ハーケンが美形キャラの代表格として女性に絶大な人気があった。1979年7月号では創刊1周年記念企画「アニメ人物INSIDE研究」の第1回として荒木氏が特集されたことからも当時の人気がうかがえる。そして「ダイモス」など長浜監督の“ロマンロボアニメ”シリーズの金山明博氏も「美形キャラ」の生みの親として人気があった。安彦良和氏も徐々に知名度が上がってはいたが、爆発的な人気を得るのは言うまでもなく「ガンダム」によってである。そして杉野昭夫氏も「家なき子」「宝島」劇場版「エースをねらえ!」など作品評価の高さとともに知名度を上げていった。
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←金山明博氏描き下ろしの表紙「闘将ダイモス」(1978年12月号)
思うに、アニメージュの記事によって僕と同じようにアニメーターやアニメの作画に興味を持つようになった人は多かっただろう。その後も作品人気とアニメージュでの記事などにより、ベテランから若手まで様々なアニメーターが人気者になってゆくのだ。そして、アニメージュ主催の「アニメグランプリ」にアニメーター部門が設けられるなどアニメーターが“人気商売”になると、徳間書店は姉妹誌「リュウ」で安彦良和氏に漫画(アリオン)を描かせたり「アニメーターが漫画を描く」ことを売りにした「モーションコミック」を創刊した。こんなのはアニメーターが“人気商売”でければなかったはずであった。しかし、こうしたアニメーター人気の裏で制作現場の過酷な労働環境は一向に改善されないままだった。おそらく多くのアニメーターたち(有名、無名に関わらず)は加熱するブームとのギャップに苦しんでいたのではないかと思う。そしてその労働環境は今も一向に変わっていないことを付け加えておく(そんな中で009やミンキーモモで知られる芦田豊雄さんらが発起人になりアニメ制作現場の環境改善を図るべく「日本アニメーター・演出協会(JANICA)」が発足し活動を行っている。興味のある方は→http://www.janica.jp/index.html へ)。
時代は流れ、アニメの技術もずいぶん進歩したし絵柄の流行もどんどん変わる。最近ではすっかり新作アニメを観なくなった僕だがときおり観るアニメなどに、この頃に観ていたアニメーターたちの影響と思しき絵柄をみることがたまにある。そういうときはなんだか少しうれしくなるのである。
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